東京高等裁判所 平成10年(行ケ)1号 判決 1999年9月22日
原告
未来工業株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁理士
B
同
C
被告
共同カイテック株式会社
代表者代表取締役
D
訴訟代理人弁護士
高橋隆二
同弁理士
E
主文
特許庁が、平成9年審判第3325号事件について、平成9年12月2日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「配線用フロアパネル」とする実用新案登録第2145904号考案(昭和62年5月30日出願、平成5年10月4日出願公告、平成8年12月10日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。
原告は、平成9年2月28日に被告を被請求人として、本件考案の実用新案登録を無効とする旨の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成9年審判第3325号事件として審理したうえ、平成9年12月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月11日、原告に送達された。
2 本件考案の要旨
所定の間隔を置いて配置した中空で底面が開放している複数個の配線溝形成用方形ブロックの側面下端部相互を、上記ブロックの厚さより薄い薄肉連結部で連結することにより、隣合うブロックとブロックの間に薄肉連結部を底とする直交配線溝を形成し、その直交配線溝の上面開口をカバー板で覆ってパネルの上面を平らに構成した配線用フロアパネル。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、<1>本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載及び明細書の記載に不備があり、実用新案法(昭和62年法律第27号による改正前のもの、以下同じ)5条3項及び4項に規定する要件を満たしていないから、本件実用新案登録は同法37条1項3号の規定により無効とすべきものである、<2>本件考案が、審決甲第1~第12号証に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから、同法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないものであり、同法37条1項1号の規定により無効とすべきものである、との請求人(注、原告)の主張に対し、本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載及び明細書の記載に不備があるとはいえず、また、本件考案が審決甲第1~第5号証、第8~第12号証記載の各考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるとはいえない(審決甲第6、第7号証の各実用新案登録願のマイクロフィルムは、その公開日が本件出願の後であって、かつ、本件考案がそこに記載された考案と同一であるとはいえない)から、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件考案が実用新案法5条3項、4項、3条2項の規定に違反して登録されたものであるということはできないとした。
なお、原告が提出した証拠方法のうち、審決甲第2号証は実願昭54ー155632号(実開昭56ー71839号)のマイクロフィルム(本訴甲第2号証、以下「引用例2」という。)、審決甲第3号証は特開昭62ー107161号公報(本訴甲第3号証、以下「引用例3」という。)、審決甲第9号証は特開昭61ー158558号公報(本訴甲第9号証、以下「引用例9」という。)、審決甲第10号証は特開昭62ー59755号公報(本訴甲第10号証、以下「引用例10」という。)である。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本件考案の要旨の認定、審決甲第4~第12号証の記載事項の認定(審決書17頁19行~25頁17行)は認める。
審決は、本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載及び明細書の記載の不備についての判断を誤り(取消事由1)、また、本件考案が審決甲第1~第5号証、第8~第12号証記載の各考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるとはいえないとの誤った判断をした(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(記載不備)
(1) 審決は、本件明細書において「ブロックの厚さ」の定義がなく、当該「ブロックの厚さ」と相対的に決定される「薄肉連結部の厚さ」が不明であるとの原告の主張に対し、「『ブロックの厚さ』なる記載が、本件考案において、ブロックの底面(下面)から配線用フロアパネルの表面を形成するブロックの上面までの比較的厚みのある寸法を意味する」(審決書10頁7~10行)、「公報における記載(注、甲第16号証4欄16~22行)は、各正方形ブロック1をつなぐ薄肉連結部2が、(イ)軽量で且つ剛性のある材料、例えばアルミニウムによるダイカスト、あるいは不燃性・難燃性等の合成樹脂による射出成形によって一体成形されること、および、(ロ)正方形ブロック1の厚さより薄くて可撓性があり、床の不陸状態になじむこと、を明瞭かつ具体的に記載している」(審決書10頁12~20行)と判断したが、それは誤りである。
すなわち、「剛性」とは「外力を与えても元の形を保とうとする性質」をいい、「可撓性」とは「たわめることが可能な性質」をいうから、両者は全く性質を異にしている。そして、各方形ブロック1と薄肉連結部2とを軽量で剛性のある材料、例えば、アルミニウムによるダイカスト又は合成樹脂による射出成形によって一体成形したときに、薄肉連結部2の厚さが方形ブロック1の厚さより薄くて可撓性があり、床の不陸状態になじむという作用効果は生じ得ない。
なぜなら、薄肉連結部2が方形ブロック1より薄いと特定しても、中空の方形ブロック1において、方形ブロックの厚さ(ブロックの底面から配線用フロアパネルの表面を形成するブロックの上面までの寸法)と、中空の方形ブロックの肉厚とは無関係であり、薄肉連結部2の厚さが中空の方形ブロック1の肉厚より厚い場合には、薄肉連結部2よりも、肉厚の薄い中空の方形ブロック1の方が可撓性に富むことになり、剛性のある材料で成形した薄肉連結部2が「可撓性」を備え、床の不陸状態になじむという作用効果は生じ得ないのである。
また、薄肉連結部の厚さが方形ブロック1の厚さより薄いからといって、例えば、数mm程度薄いような場合であれば、可撓性が生じるものではない。
(2) 審決は、さらに、薄肉連結部を剛性のある材料で形成するという実施例の記載において、機械的にどのように不陸に対応できるか、その作用効果が不明であるとの原告の主張に対し、「薄肉連結部2を合成樹脂による射出成形によって一体成形した場合に、薄肉連結部2が機械的に不陸に対応できるかどうかは、合成樹脂による射出成形技術自体の技術内容に関する事柄であって」(審決書11頁15~19行)、「本件考案の配線用フロアパネルは、各正方形ブロック1とそれらをつなぐ薄肉連結部2が、軽量で且つ剛性のある材料、例えばアルミニウムによるダイカスト、あるいは不燃性・難燃性等の合成樹脂による射出成形によって一体成形されることにより、軽量化が図れるものと認められ、また、薄肉連結部2を剛性のある材料で形成しても、薄肉連結部2の薄さと可撓性により床の不陸状態になじみ、施行床面の不陸(凹凸)を吸収して床に対する密着性を高めるものと認められる。」(同12頁5~14行)と判断したが、誤りである。
すなわち、該判断には、上記(1)におけると同様の誤りがあり、さらに、薄肉連結部2が機械的に不陸に対応できるかどうかが、合成樹脂による射出成形技術自体の技術内容に関する事柄であるとすれば、それは本件考案の作用効果と無関係であるということにほかならない。また、技術常識上、各方形ブロック1と薄肉連結部2をアルミニウムによるダイカストによって一体成形した場合、ダイカストするアルミニウムの流動性から薄肉連結部の厚さを薄くすることには限度があって、配線溝の底を形成する薄肉連結部を、配線用フロアパネルの底面全面を床に密着させるように撓ませることは困難である。
2 取消事由2(容易推考性)
(1) 審決は、本件考案と、審決甲第1~第5号証、第8~第12号証記載の各考案とを対比して、審決甲第1~第5号証、第8~第12号証のいずれにも、「本件考案の構成に欠くことのできない事項である、『所定の間隔を置いて配置した中空で底面が開放している複数個の配線溝形成用方形ブロックの側面下端部相互を、上記ブロックの厚さより薄い薄肉連結部で連結することにより、隣合うブロックとブロックの間に薄肉連結部を底とする直交配線溝を形成』する構成、について記載されておらず、また、かかる構成を示唆する記載もない。」(審決書26頁1~9行)と判断し、これに基づいて直ちに本件考案の容易推考性を否定し、その進歩性を認めたが、それは誤りである。
すなわち、本件考案は、審決甲第3号証(引用例3)又は審決甲第2号証(引用例2)記載の考案に、審決甲第9号証(引用例9)及び/又は審決甲第10号証(引用例10)の記載を適用することによって、極めて容易に考案することができたものである。
(2) 引用例3に記載された配線用フロアパネルの深溝通路2及び浅溝通路3は、アルミダイキャスト、合成樹脂等からなるボード1の一部を窪ませたものであって、いずれもその厚さが他の部分(ブロック)の厚さより薄くなっており、かつ、十字状の深溝通路2及び浅溝通路3によってブロックが接続されていることから、引用例3には、複数個の配線溝形成用方形ブロックの側面の下端部相互を、当該ブロックの厚さより薄い十字状の深溝通路2又は浅溝通路3(本件考案の薄肉連結部を底とする直交配線溝に相当する。)で連結してなることが記載されていることは明らかである。
また、引用例3には、十字状の深溝通路2及び浅溝通路3をカバー4、5(本件考案のカバー板に相当する。)で覆うことも記載されている。
したがって、引用例3には、「所定の間隔を置いて配置した複数個の配線溝形成用方形ブロックの側面下端部相互を、上記ブロックの厚さより薄い薄肉連結部で連結することにより、隣合うブロックとブロックの間に薄肉連結部を底とする直交配線溝を形成し、その直交配線溝の上面開口をカバー板で覆ってパネルの上面を平らに構成した配線用フロアパネル」が記載されており、これと本件考案との相違点は、本件考案の配線溝形成用方形ブロックが中空で底面が開放している点のみである。
なお、引用例2にも、引用例3に記載されたものとほぼ同様の考案が記載されており、本件考案との相違点も上記と同様である。
(3) 他方、引用例9及び引用例10には、複数個の配線溝形成用方形ブロックにおいて中空で底面が開放している構成のフリーアクセスフロア用パネル(配線用フロアパネル)が記載されているところ、引用例9及び引用例10は、本件考案と同一の技術分野に属するものであり、その各方形ブロックは中空で底面が開放しているから、床の多少の不陸(凹凸)がその方形ブロックの開放面に吸収される結果になることは自明である。
したがって、引用例3(又は引用例2)に記載された考案に基づき、引用例9及び/又は引用例10に記載された技術を適用して、軽量化及び床の多少の不陸(凹凸)をその開放面に吸収する目的のために、中実ブロックを中空ブロックとすることは、当業者が極めて容易に推考できたものである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(記載不備)について
薄肉連結部を剛性のある材料で形成しても、成形技術によって、薄肉連結部の厚さを方形ブロックの厚さより薄くすれば、可撓性によって床面の不陸状態になじむのは明らかである。
したがって、本件考案の明細書は、当業者が実施できるように記載されており、原告のいうように、機械的にいかに不陸に対応できるかまで記載しなければならないものではない。
本件考案は、軽くて取扱いが容易であるとともに大荷重に耐えること、床に多少の不陸の状態(凸凹)があってもその不陸を吸収して床面によく倣い、フロアパネルを床に密着させることができることを同時に達成する効果を奏するものである(甲第16号証6欄5~19行)。本件明細書の実用新案登録請求の範囲において、本件考案の薄肉連結部はブロックの厚さより薄いと特定されているものの、本件考案の上記効果を奏するために、どの程度のものを意味するかは一義的に明らかではないものがある。そこで、本件明細書の考案の詳細な説明の記載を参照すれば、当該薄肉連結部は可撓性を有する連結部であることが容易に理解され、当該薄肉結部と配線溝形成用方形ブロックの組合せによって、上記の本件考案の作用効果を奏するものであることが理解できる。
そして、床面における不陸は、上記可撓性を有する薄肉連結部によって吸収され、薄肉連結部が床面に良く倣い、フロアパネルの底面に対する密着性を高めることができるとの作用効果を奏するものである。
2 取消事由2(容易推考性)について
(1) 引用例2に記載された考案は、広い事務室等において、電線を床面上に這わせ、ビニール・ケース等で被覆収容して固定した場合に、これらの敷設ラインが通路を横断する位置にあったり、机や備品等の下に位置するときには、歩行の安全や備品の安定的な据え付けを妨げたりするほか、美観を損なう不都合があったので、これらの欠点に対処し得る配線用床材を提供し、事務室等における機能性の向上を図る(甲第2号証1頁13行~2頁6行)との目的を達成するため、方形板(床材1)の上面に、配線を敷設するための配線用溝(ピット11)を縦横に交差して設けたものである。
しかしながら、引用例2には、電線5がその直径よりやや深い程度のピット11の空間に収容されている状態が示されており(同号証第2図)、また、ピット11について「説明の便宜上、誇張して示す。」(同号証2頁8~9行)との記載もある。さらに、引用例2には、床材1の材料として、コンクリート、モルタル、リノリウム、硬質ゴム、合成樹脂、人造石等が例示され、机等の配置物の動きに対して耐え得ることが望ましいこと、応力集中しやすいピート縁部には丸みをつけたり、縁部材12を併用したりして荷強度を高めることが記載されており(同号証3頁4~20行)、また、床材1は、内部にかような材料が充たされたものであって中空構造ではない(同号証第3、第4図)。
これらの記載事項によれば、引用例2記載の考案の床材1は、材料としてコンクリート、合成樹脂等が用いられ、中空構造ではなく、配線用溝(ピット11)は、全体の強度を維持するため、床材1の上面表部に電線を敷設するに足りる程度の深さの溝を形成したものであって、方形ブロック相互を薄肉連結部で連結してその連結部を直交配線溝とする構成を開示したものではないことは明らかであって、不陸に追従、吸収する作用効果を有するものではない。
引用例2記載の考案と基本的構成を共通にする引用例3記載の考案についても同様のことがいえる。
(2) 引用例9に記載された考案は、電子計算機室、電話交換機室、情報処理機器室等において使用される二重床板のフリーアクセスフロアにおいて、運搬台車のキャスターの移動や走行の際に生じるフロア上面の摩耗によって塵埃が発生し、さらに作業中に使用する各種薬品によるフロアの腐食の進行、ガスの発生等により室内のクリーン度低下を招くとの課題を解決するために、軽量で強度に耐え塵埃の出ないフリーアクセス用フロアに精密な加工と仕上げを施し、フロア上面に保護板を貼り、その端部近傍に溝部を設けてこれにリムを嵌合し、保護板の端部保持と上面の保護のために、保護板として耐摩耗性や耐薬品性等の特徴を有する金属製保護板を設置したものである(甲第9号証1頁右下欄5行~2頁左上欄16行)。
しかしながら、引用例9には、支持脚によって支持される中空で下面が開放された床パネルが開示されているのみで、本件考案の「中空で底面が開放している複数個の配線溝形成用方形ブロックの側面下端部相互を、上記ブロックの厚さより薄い薄肉連結部で連結することにより、隣合うブロックとブロックの間に薄肉連結部を底とする直交配線溝を形成し、その直交配線溝の上面開口をカバー板で覆ってパネルの上面を平らに構成した」という構成の開示がない。
さらに、引用例9記載の考案は、フロア端部に嵌合したリム5によってフロア上部に貼ったステンレス板4のフロア上面からのはがれをなくすとともに、リムをフロア側面より張り出させることにより、隣接するフロアのステンレス板を貼着した各上面を密着して接続し、フロアパネルから生じる塵埃等の発生を防止する(甲第9号証2頁左下欄4~13行)ことをその基本的技術思想とするものであるから、隣接するブロックの側面下端部を連結し、直交配線溝の上面開口をカバー板で覆う構成である本件考案のフロアパネルを積極的に排除している技術と評価される。したがって、仮に、引用例9記載の考案のフロア1が、中空で下面が開放しているブロックであったとしても、当業者は引用例9記載の構成の一部を、引用例2又は引用例3記載の考案に適用することに想到するものではない。
以上の点は、引用例10記載の考案に関しても、ほぼ同様のことがいい得るものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(記載不備)について
(1) 前示争いのない本件考案の要旨における「中空で底面が開放している複数個の配線溝形成用方形ブロックの側面下端部相互を、上記ブロックの厚さより薄い薄肉連結部で連結する」との規定に係る「ブロックの厚さ」は、「ブロックの底面(下面)から配線用フロアパネルの表面を形成するブロックの上面までの比較的厚みのある寸法を意味する」(審決書10頁8~10行)ものと認められるところ、原告は、中空の方形ブロック1において、方形ブロックの厚さと、中空の方形ブロックの肉厚とは無関係であり、薄肉連結部2の厚さが中空の方形ブロック1の肉厚より厚い場合には、薄肉連結部2よりも、肉厚の薄い中空の方形ブロック1の方が可撓性に富むことになって、剛性のある材料で成形した薄肉連結部2が「可撓性」を備え、床の不陸状態になじむという作用効果は生じ得ないし、薄肉連結部の厚さが方形ブロック1の厚さより数mm程度薄いような場合であれば、可撓性が生じるものではないと主張する。
しかるところ、薄肉連結部2の具体的な材料、厚み等は適宜選択できるものと認められるから、剛性のある材料で成形した薄肉連結部が可撓性を併せ有する場合もあるものと認められる。原告は、技術常識上、方形ブロック1と薄肉連結部2をアルミニウムによるダイカストによって一体成形した場合、ダイカストするアルミニウムの流動性から薄肉連結部の厚さを薄くすることには限度があって、配線溝の底を形成する薄肉連結部を、配線用フロアパネルの底面全面を床に密着させるように撓ませることは困難であるとも主張するが、該事実が技術常識であると直ちにいうことはできず、またこれを認めるに足りる証拠もない。
しかしながら、本件考案の要旨は、薄肉連結部の厚さに関して「上記ブロックの厚さより薄い」旨、ブッロクの厚さ(すなわち、方形ブロック底面から上面までの厚さ)との相対比較で規定するのみであるところ、薄肉連結部2の具体的な材料を適宜選択できるとしても、薄肉連結部の厚さが方形ブロック底面から上面までの厚さよりも薄いというだけでは、薄肉連結部が可撓性を有するものに限定されるとは認め得ず、原告の前示主張は、この限りで理由がある。
被告は、本件明細書(甲第16号証)の実用新案登録請求の範囲(本件考案の要旨に同じ。)において、本件考案の薄肉連結部はブロックの厚さより薄いと特定されているものの、本件考案の効果を奏するために、どの程度のものを意味するかは一義的に明らかではないものがあるので、考案の詳細な説明の記載を参照すれば、当該薄肉連結部は可撓性を有する連結部であることが容易に理解されると主張するが、本件明細書の実用新案登録請求の範囲の「上記ブロックの厚さより薄い薄肉連結部」との記載に係る薄肉連結部の厚さに関する技術的意義が、それ自体として一義的に明確に理解することができないということはできず、したがって、考案の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情がある場合に当たるとすることはできない。また、本件考案の要旨の「配線溝形成用方形ブロックの側面下端部相互を、上記ブロックの厚さより薄い薄肉連結部で連結する」との規定に係る「側面下端部相互」は、薄肉連結部の断面がブロックの下端縁を含む部分に連結されることを意味しているにすぎないものと認められ、かかる記載があるからといって、薄肉連結部が可撓性を有するものに限定されるものと認めることもできない。
(2) もっとも、本件明細書(甲第16号証)には、「作用」として、「コンクリート打ち放しによる床面の多少の不陸(凹凸面)は、配線溝の底を形成する薄肉連結部の撓み、および各配線溝形成用方形ブロツクの開放底面が吸収して配線用フロアパネルの底面全面を床に密着させる。」(同号証3欄27~31行)との記載が、また、「考案の効果」として、「隣合うブロツクとブロツクの間の配線溝の底を形成する連結部はブロツクの厚さより薄いから可撓性があり、上記各ブロツクの下面が開放していることと相まつて、床がコンクリートの打ち放しなどで多少不陸の状態(凹凸)であつてもその不陸を吸収して床面に良く倣い、フロアパネルを床に密着させることができて体裁よく仕上がる効果がある。」(同6欄12~19行)との記載があり、本件考案の床面の不陸(凹凸)を吸収してフロアパネルを床面に良く倣い、密着させるとの作用効果は、薄肉連結部の可撓性のみならず、中空で底面が開放している配線溝形成用方形ブロックが床面の不陸(凹凸)を吸収することによっても生じるものとされていることは明らかであるところ、本件考案の構成において、薄肉連結部が可撓性を有するかどうかにかかわらず、かかる作用効果が生じることは明らかであるから、床の不陸状態になじむという作用効果が生じ得ない場合があるとはいえず、結局、本件明細書に原告主張の記載不備があるということはできない。
2 取消事由2(容易推考性)について
(1) 引用例3(甲第3号証)には、「ボードの上面に深溝通路と浅溝通路とを形成し、上記深溝及び浅溝通路の上部に着脱自在のカバーを取り付けたことを特徴とする配線用フロアパネル。」(昭和60年12月2日付手続補正書による補正前の特許請求の範囲1項、同号証1頁左下欄5~8行)が記載され、その発明の詳細な説明には「第1図は本発明配線用フロアパネルの一例を示す斜視図、第2図は第1図パネルのカバーを除去した斜視図、第3図は第2図b-b矢視断面図である。図中1はボードで、アルミダイキャスト、・・・強化プラスチック板等或はそれらの任意組合せ板から成る。2は深溝の通路、3は浅溝の通路で、ボード1の上面に交差させて形成する。その通路2・3の深さ及び幅は、所要配線を収容し得る寸法であれば適宜である。4は深溝通路2の又5は浅溝通路3の上部に取付く横断面コ字形のカバーで、通路2・3に嵌着又はビス止め等により着脱自在とし、材質はプラスチック製・鋼板製等適宜であり、またその形状も任意である。」(同号証2頁右上欄13行~左下欄8行)との記載があるところ、これらの記載に図面第1~第3図を併せ考えると、引用例3には、アルミニウムによるダイカストあるいは合成樹脂等からなるボード1に、縦横に交差させて深溝通路2及び浅溝通路3を形成し、該深溝通路2及び浅溝通路3の上部に着脱自在のカバー4、5を取り付けて上面を平らにした配線用フロアパネルが記載され、その縦横に交差させた深溝通路2及び浅溝通路3は、その厚さが該縦横の各深溝通路2及び浅溝通路3で囲まれた部分より薄く、かつ、複数の所定の間隔を置いて隣り合う当該囲まれた部分の側面下端部相互を連結しているものといえる。そして、その深溝通路2及び浅溝通路3は本件考案の薄肉連結部を底とする直交配線溝に、カバー4、5は本件考案のカバー板にそれぞれ相当し、また、ボード1のうち縦横の深溝通路2及び浅溝通路3で囲まれた部分は本件考案の方形ブロックに相当する(但し、中実であって、中空で底面が開放してはいない。)ものと認められるから、引用例3には、「所定の間隔を置いて配置した複数個の配線溝形成用方形ブロックの側面下端部相互を、上記ブロックの厚さより薄い薄肉連結部で連結することにより、隣り合うブロックとブロックの間に薄肉連結部を底とする直交配線溝を形成し、その直交配線溝の上面開口をカバー板で覆ってパネルの上面を平らに構成した配線用フロアパネル。」が記載されているものというべきであり、そうであれば、本件考案と引用例3に記載された考案とは、本件考案の方形ブロックが中空で底面が開放しているのに対し、引用例3に記載された考案の方形ブロックが中実である点のみで相違するものと認められる。
審決は、本件考案と、引用例3を含む審決甲第1~第5号証、第8~第12号証記載の各考案とを対比して、審決甲第1~第5号証、第8~第12号証のいずれにも「本件考案の構成に欠くことのできない事項である、『所定の間隔を置いて配置した中空で底面が開放している複数個の配線溝形成用方形ブロックの側面下端部相互を、上記ブロックの厚さより薄い薄肉連結部で連結することにより、隣合うブロックとブロックの間に薄肉連結部を底とする直交配線溝を形成』する構成、について記載されておらず、また、かかる構成を示唆する記載もない。」(審決書26頁1~9行)と認定したが、少なくとも本件考案と引用例3記載の考案との対比については、引用例3に、方形ブロックが中空で底面が開放していることの記載がない点を除き誤りであって、一致点の認定を誤った違法があるものといわざるを得ない。
(2) また、審決は、引用例9につき、「中空で底面が開放した方形ブロック状のフリーアクセスフロア用パネル、が記載されているものと認められる。」(審決書22頁14~16行)と認定したが、そうであれば、前示本件考案と引用例3記載の考案との相違点である本件考案の方形ブロックが中空で底面が開放しているのに対し、引用例3に記載された考案の方形ブロックが中実である点について、当業者において、引用例3記載の考案に引用例9記載の「中空で底面が開放した方形ブロック」との技術事項を適用することが極めて容易であるかどうかの判断を経る必要があるものというべきところ、かかる判断がされていないから、前示本件考案と引用例3記載の考案との相違点についての判断を誤った違法があるものというべきである。
なお、審決は、前示本件考案と審決甲第1~第5号証、第8~第12号証記載の各考案との対比認定に引き続いて、「そして、本件考案は、上記構成を有することにより、『配線用フロアパネルにおいて・・・隣合うブロックとブロックの間の配線溝の底を形成する連結部はブロックの厚さより薄いから可撓性があり、上記各ブロックの下面が開放していることと相まって、床がコンクリートの打ち放しなどで多少不陸の状砕(凹凸)であってもその不陸を吸収して床面に良く倣い、フロアパネルを床に密着させることができて体裁よく仕上がる効果がある。』・・・という、明細書に記載の作用効果を奏するものと認められる。」(同26頁10行~27頁8行)とも判断したが、本件考案の薄肉連結部が可撓性を有するものに限定されないことは前示のとおりであって、この点の判断も誤りといわざるを得ない。
3 以上によれば、原告の本訴請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)